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「ドラキュラZER0」見てきました [(ネタバレ注意) プレイ日記]

まず最初に申し上げますと、邦題「ドラキュラZER0」は誤解を招くタイトルですね。
原題「DRACULA UNTOLD」を直訳すると「ドラキュラ異聞」となるはずですし、或いは私に邦題の決定権があるのなら「真説ドラキュラ」にしたい内容でした(←ファンタジーですから「真説」はあり得ないですけれど;)



さて「ドラキュラ」と云えばブラム・ストーカーが19世紀末に執筆した怪奇小説やそれを原作とした映画があまりにも有名になったことでイメージが定着し、日本では吸血鬼の代名詞として広まっていますが、
本来は吸血鬼の総称ではなくブラム・ストーカーの小説に登場する魔人ドラキュラ公を指したものであり、或いはそのモデルと云われているヴラド3世の俗称です。

ヴラド3世は「ドラキュラ」の他に「串刺し公」とも呼ばれており、「ドラゴン(=悪の象徴)の子」を意味するドラキュラの俗称を体現するように、敵対勢力に対する見せしめとして反逆者や敵兵の串刺しを野晒しにした逸話が残っており、かなり残虐な人物として現代に伝えられていますが、
一転して故国ルーマニアでは、支配者を退けた救国の英雄として讃えられているのだそうです。
まさに救の英雄にも拘らず囚われた先非業の死を遂げたジャンヌ・ダルク然り、立場が変われば英雄=殺戮者となる好例の1人であったということですね。
残念なのは、ジャンヌ・ダルクは神の啓示を掲げたことで聖人に列せられ正義のヒロインとしてのイメージが定着できたのに対し、ヴラドは後世の創作小説で有名になってしまったために悪虐非道なイメージが定着してしまっていることですかね(←そこがまた好いのですが)


本作はこの救国の英雄としてのヴラド3世をモデルに据えた主人公に吸血鬼の超能力と弱点を与えることで、「デビルマン」や「SPAWN」のように悲哀を帯びたダークヒーローとして描かれています。
青少年期はオスマン帝国の尖兵として華々しい戦果を修めながら愛する者を守るためにその支配国に歯向かい&辺境の弱国を率いて到底敵いそうにない巨大帝国と戦うために人外の力を求めた結果 吸血鬼となる主人公は、そのまま不動明(=デビルマン)やアル・シモンズ(=ヘルスポーン)に通じるものがあり、また人外の力を得てしまったが故に悲劇に見舞われる切なさも好かったですね。
特に私にとって永井豪が描いたマンガ「デビルマン」は未だあらゆるストーリー作品のなかで至高の1作でして、本作はそのストーリーの共通性も相増って、近年見た映画のなかで最高に面白い映画でした。
デビルマン (完全復刻版) 全5巻完結

デビルマン (完全復刻版) 全5巻完結

  • 作者: 永井 豪
  • 出版社/メーカー: 講談社
  • メディア: コミック



劇場で見た段階では「ドラキュラZER0」の邦題に騙されてシリーズ化を前提とした作品として見てしまって居りましたが、観終わった感想として本作はぜったいにシリーズ化しない方が良いと思います。
シリーズ化しようにも、既に洋の東西や時代を問わず自由な発想のもの創作された数多のバンパイア作品群を相手に仮にも実在した人物を主人公に据えた本作が個性を発揮するのは至難の業であり、むしろ自由度の少なさから埋没していくのが見えてますからね。
そもそも今回の冒頭で敢えてプロが名付けた邦題に背いて「異聞」「真説」と紹介した理由が重要なのですが、本作は敵対勢力(=勝者?)によって後世に悪の権化として伝えられてしまっているヴラド3世=ドラキュラ公を悲劇のダークヒーローとして脚色された物語であって、近代イギリスで暗躍した魔人とは別個の人物と捉えるべきなのですが、シリーズ化してしまったら否が応にも「ドラキュラ」を避けて通れません。
その観点から申しますと本作の続篇を臭わすようなラストシーンには物申したいところなのですが、敢えてそこには目を瞑り、この1本で完結しこれ以上蛇足を描き加えて欲しくないくらい良くできた作品です。
続きが気になったとしても、それは観客が個々に想像を巡らせるだけに収めた方が、この作品にとっても幸福ではないでしょうか。
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