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「StarWars EpisodeVII」?!!!#2 [雑記]

ルーカスフイルム社の身売り報道について、昨日寄稿した内容に一部不適切な表現がありましたので訂正します。

と申しますのも、既に完結していた「スターウォーズ」の新章が始まることについて、昨日寄稿する際に参照した記事を読んでジョージ・ルーカス氏が楽観視していると勘違いしてしまったのですが、これは筆者の個人的な感想が過分に含まれた記事であり、
その後ルーカス氏の談話をよくよく聴いてみると、私には彼の悲壮な覚悟や「スターウォーズ」並びにそのファンや将来に対する「想い」が見えてきたのです。

前回も申上げた通り、ルーカスフイルム社はルーカス氏の夢を実現するために生まれた組織であり、そしてその「夢」はそのまま「スターウォーズ」に該当していたと申しても過言ではありません。

過去に読んだインタビュー記事で述べられていたのですが、ルーカス氏の夢は、自分が子供の頃に心躍らせた冒険活劇を次代の子供たちにも見せてやりたい。大人も子供もワクワクするような作品を自分の手で創りたいという動機が原点だったようです。
そしてその夢を実現してくれたのが「スターウォーズ」でした。
まさに当時子供だった私たちの周囲で「スターウォーズ」は大人も巻込んだ社会現象とも呼べる熱狂を生み、そしてその熱狂は、廃れつつあったハリウッドの映画産業を蘇らせる担い手となったそぅです。
ちなみに当時ハリウッド再興に寄与した担い手には、「JAWS」「Close Encounters of the Third Kind(邦題『未知との遭遇』)」と立て続けにヒットさせ、後に共に創作した「Indiana Jones」で冒険活劇ブームを再興させることになる盟友スティーヴン・スピルバーグもいました。


以後ルーカス氏にとって「スターウォーズ」は特別な存在となり、現在になって振り返ればライフワークとも呼べる存在になっていったのですが、そこには苦渋の決断も伴っていました。
…が、それを語り出すとキリがないため、大枠はWikipediaに記された氏の来歴をご覧ください。


ではその来歴には記されていない彼の苦渋の決断について述べます。

当初「スターウォーズ」は全9~12部から成る長大なシリーズを構想されており、旧3部作の第3弾となるエピソード6公開当時に発売されたファンブックには、エピソード6の紹介と共にその次に制作を予定されていたエピソード1~3のアラスジがかなり克明に記されており、当時 小遣いを叩いて購入した私も勿論ソレを読んでいます。
私が記憶している内で、此度の話題に関わる項目をピックアップしますと
銀河帝国軍のストーム・トルーパーたちはもともと共和国の治安を守護するクローン兵士であったこと
クローン兵のオリジナルが(新3部作では父親のジャンゴになっていましたが→)ボバ・フェットであること
・エピソード3のクライマックスではオビ=ワンアナキンが溶岩の奔る火山で死闘を繰り広げること
が既に述べられいました。
他にもクローン大戦のことですとか皇帝が共和国に於いてどんな立場であったかなども触れられていたのですが、そこは今回の話題から逸れるため割愛させていただきます。
ただ云えることは、新3部作をご覧になった方ならばお解りいただけるでしょうけれど、意外と早い時期にエピソード1~3の構想がまとまっていたことにお気付きいただけるはずです(←云ってしまえば私にとっての新3部作は、これらのアラズシを追体験しに行ったようなものでした)
そして上記でピックアップした構想を映像化しようにも、大量のクローンや奔流する溶岩に囲まれた決闘など←当時の技術では映像化困難である(←或いはかなり安っぽい映像になり得た)コトもお察し戴けるはずです。

上述で述べたルーカス氏の苦渋の決断はまさにこの時に下されました。
満足できない映像で惰性的にエピソード1~3を撮るのではなく、自分の頭の中にあるイメージを実現できるところまで映像技術が進歩するのを待つことにしたのです。
そして実際にルーカス氏が納得するまでに要し&更に「特別篇」を経てエピソード1が公開されるまでの合計16年間にも及ぶ長期は、待ちきれなかったファンに向けたスピンアウト作を萌芽させる土壌となってしまいました。

幸い(?)にもエピソード1~3は既に熱心なファンの間に識れ渡っていたことで聖域と化していたアラスジを維持できており、いよいよエピソード1~3が制作されたのですが、問題はエピソード7以降です。
当初のスピンアウトはボバ・フェットなど人気の高いサブキャラクターを主人公に据えて話を膨らませた外伝的な作品が多かったのですが、やがて主要キャラクターたちが活躍する後日談を描く作品が登場するようになっていきました。
つまり、当初のルーカス氏の構想ですとエピソード7以降に該当するストーリーが、ルーカス氏の手から離れて独り歩きを始めてしまったのです。
ここでルーカス氏は再び苦渋の決断を迫られました。

氏の視が行き届かなかったとは云え、エピソード7以降の時代を描いたスピンアウト作がルーカスフイルムの公認を得て存在している状況では、改めて氏の構想通りのストーリーを描くと「スターウォーズ」の設定に矛盾を生じてしまうのです。
だからと申して当初の構想から外れたスピンアウト通りのストーリーを映画に取り込もうにも、既に手に追えないほど先々の展開まで進んでしまっており、且つ小説と映画では見せ場が大きく異なることも問題です。

小説を映像化された作品も確かに多く存在しますが、両者を見較べると見せ方が大きく異なることにお気付きの方も多いでしょう。
上述した通りルーカスは「スターウォーズ」で冒険活劇を描こうとしていましたが、映像に於ける見せ場がアクションシーンであるのに対し小説に於ける見せ場は会話であったり心理描写や状況描写であったりで、根本的に描き方が違うのです。

…ルーカス氏の下した決断は、旧3部作の表向きの主人公をルーク&新3部作の表向きの主人公をオビ=ワンとしながらも、全6部作を通した真の主人公をアナキン=ベイダーであるとして、彼の死とジェダイへの帰還を以て完結とすることで、エピソード7以降は創らないというものでした。
エピソード7以降の展開を待ち望んでいたファンにとってはとても残念な決断でしたが、当時の状況を鑑みるとやむを得ず、まさに苦渋の決断であったと申せます。

おそらく全6部への変更を発表したルーカスの判断は、このまま「スターウォーズ」を彼の許に留めておくためにできる精一杯の抵抗であり、その前後についてはファンの1人1人が自分の「スターウォーズ」に想いを馳せられるように慮った結果だったのでしょう。


そして此度の決断です。

ルーカス氏は「スターウォーズ」を色褪せさせないために、その時々で補修しながら新鮮さを保つことに注力していました。
これは旧3部作を大幅に改修した「特別篇」然り、エピソード6ラストシーンのキャスト変更然り、エピソード1のヨーダ然り、今年公開されたエピソード1の3D立体視版然り、今後も補修を続ける所存だったのだと思われます。

そしてルーカス氏が想い至り戸惑ったのは、氏亡き後も「スターウォーズ」を色褪せさせないための方策だったのではないでしょうか。
ルーカスフイルム社は優秀な人材を多く擁しており、彼らが蓄積し今後開発していく映像技術は「スターウォーズ」を常に最新映像で存続させるために必要な資源です。
しかし、日本人と較べて遥かに進歩的な思想のアメリカ人は、自分の技能を高く買ってくれるところがあれば簡単に移籍してしまいます。そんな彼らをルーカスフイルムに留まらせているのはルーカス氏のカリスマ性に他なりません。
…となると、氏亡き後にルーカスフイルムや「スターウォーズ」がどのような末路を辿ることになるのかは明らかです。
ルーカスフイルムが企業として残るためには永続的にコンテンツを輩出する土壌が必要なのですが、残念ながらルーカスフイルムで成功を修めたコンテンツはルーカス氏の手によるものばかりです。
云い方を変えますと、ルーカスフイルムの屋台骨を支えているのは、永続的に補修を要するコンテンツとILMのSpFX&VFX技術しかありません。
つまりルーカス氏亡き後もルーカスフイルムを残そうとしたら、それはILMに特化して大幅に事業縮小するしか路が残されていないのです。当然、「スターウォーズ」は歴史的価値のみのクラッシック映画として廃れていくことになると考えたのではないでしょうか。

でもルーカス氏は「スターウォーズ」を未来の子供たちに届けることが夢であり責任を感じてさえいたようです。


その答えは、意外なところに在りました。
日本のマンガは、「サザエさん」や「ドラえもん」など特例中の特例を除けば、作者が筆を置いた時点で終わりです。それは、その作品の権利は基本的に作者のものであり、異なる作者に本編の続きを描かせる習慣がないからです。
しかしアメリカンコミックを見てみますと、漫画を描いているのは飽くまでアーティストであり、その作品の権利は出版社に帰属し&アーティストを変えながら連綿と読者を楽しませ続けている作品が数多あります。
1938年に生まれた「バットマン」や1963年に生まれた「スパイダーマン」はアーティストを変えながら未だ連載が続いており、メディアを変えて様々なコンテンツが生まれ続けています。←既にファンの手によって独り歩きを始めている「スターウォーズ」が行きつく先はココにあると思い至ったのではないでしょうか。

そして、そんなアメリカンコミックヒーローよりもさらに長寿で&更に幅広い年齢層から愛され続けているキャラクターがいます。
それは1928年に生まれ、もはや単に「キャラクター」と称すのが烏滸がましいほどの立場を得ているミッキーマウスです。

そぅです。此度ルーカスフイルムが身売り先として選んだウォルトディズニー社は、ルーカス氏が想い描くよりも遥か前の時代からコンテンツを生み続け&本来ならばとっくに時代に埋没しているべき作品たちを永く後世に伝え続けることで世界中の幅広い世代から愛されている、云わばルーカス氏の夢を体現している企業なのです。
しかもディズニー社は色々な部署から「スターウォーズ」を切望してくれているという好条件まで備えています。こんな恰好の相手は他に在りません。


おそらくディズニー社がルーカスフイルム社を買収する際に提示された条件には、「スターウォーズ」の続篇を制作する権利の譲渡も含まれていたのでしょう。それがディズニー側からの提示なのかルーカス側からの提示なのかは判りません。
しかし、冒頭で紹介したルーカス氏の談話やその表情からして、例えディズニー側からの提示であったとしても、それはルーカス氏にとっても歓迎すべき提示であったのではないかと思われます。

それを証明するのが、今後の「スターウォーズ」に対するルーカス氏のスタンスです。

エピソード7以降に於てルーカス氏は、クリエイティブ・コンサルタントという立場になるそうです。
従前の原作・脚本・(監督)・製作総指揮という絶対的な立場に対し、相談役という非常に軽い立場になるというのです。
もし彼が「スターウォーズ」に独占欲を持ち固執してるのだとしたら、もっと深く作品に関われる立場を選ぶことも出来たはずなのに、相談役ですよ。
これは、ルーカス氏自身が「スターウォーズ」は既に自分1人のものでないことを認めた証であり、そして次代のクリエイターたちに「スターウォーズ」を譲る覚悟をしたその現れであると受止めるべきでしょう。


彼は、どんなに巨万の富を得ようとも未だに映画少年の心を失っていないようです。
そして、40年近くの時を経てようやく観客の1人として純粋に「スターウォーズ」を楽しめる機会が訪れるのです。

仮に私がルーカス氏の友人だったとしたら、「こんなに面白い映画を楽しめなかったなんて、君は映画好きの風上にも置けないなw」と・そしてポップコーンとコーラを手渡しながら「良かったな。一緒に『スターウォーズ』を楽しもぅゼ^^」と云ってやりたいですね。
タグ:Star Wars
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A6輔

同感です。余計なことをあまり考えず、出来上がったEP7の公開をポップコーンとコーラで楽しめる日が早く来ることを祈ります。
by A6輔 (2012-11-02 08:58) 

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